ハーグ条約(国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約)への対応
国をまたがる子どもの連れ去りや留置への返還申立ての手続きや、申立てがなされた場合の対応など、ハーグ条約に関する問題解決のため語学堪能な弁護士がサポートします。弊事務所は、東京と福岡に拠点を持ち、電話やオンラインも利用して全国対応しております。是非お気軽にご相談ください。
ハーグ条約に基づく国際的な子の返還について
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第1 ハーグ条約(国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約)について
第1 ハーグ条約(国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約)について
日本も、2014年4月1日に、いわゆる子の連れ去りについてのハーグ条約(国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約:Hague Convention on the Civil Aspects of International Child Abduction)の締結国となりました。
これは、子の不法な連れ去り又は不法な留置がされた場合において、子をその常居所を有していた国に返還すること等を定めた条約であり、日本は締結国となったことで、この条約を実施するための「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律」(以下「ハーグ条約実施法」といいます。)を定めています。
国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律 | e-Gov法令検索
そして、ハーグ条約実施法では以下の定義がなされています。
- 連れ去り
子をその常居所を有する国から離脱させることを目的として当該子を当該国から出国させること。 - 留置
子が常居所を有する国からの当該子の出国の後において、当該子の当該国への渡航が妨げられていること。 - 常居所地国
連れ去りの時又は留置の開始の直前に子が常居所を有していた国(※但し、同条約の締約国又は地域) - 不法な連れ去り
常居所地国の法令によれば監護の権利を有する者の当該権利を侵害する連れ去りであって、当該連れ去りの時に当該権利が現実に行使されていたもの又は当該連れ去りがなければ当該権利が現実に行使されていたと認められるもの。 - 不法な留置
常居所地国の法令によれば監護の権利を有する者の当該権利を侵害する留置であって、当該留置の開始の時に当該権利が現実に行使されていたもの又は当該留置がなければ当該権利が現実に行使されていたと認められるもの。
そして、ハーグ条約実施法は、こうした「不法な連れ去り」や「不法な留置」が行われた場合に、子どもを連れ去られた親による、「子の返還申立て」の手続きを定めています。
例えば、結婚してアメリカに住んでいた夫婦の関係が悪化し、夫婦の一方が、他方の同意を得ずに子どもを連れて日本に帰国した場合は、子どもを連れ去られた親(上記の例ではアメリカ在住の親)は、原則として「不法な連れ去り」であるとして、日本の家庭裁判所(東京家庭裁判所又は大阪家庭裁判所)に、子の返還申立てを行うことができます。
しかし、ここで注意しなければならないのは、ハーグ条約に基づく子の返還申立ての手続きは、裁判所によって子の返還が認められたとしても、それは、子どもの「常居所地国」への返還が命じられるだけであり、子を連れ去られた親(上記の例ではアメリカ在住の親)との同居を命じるものではありません。
そのため、例えば、上記の例において、子を連れ去られた親(アメリカ在住の親)の申し立てによって、日本の裁判所により、子どもを日本に連れ帰った親に対してアメリカへの子の返還が命じられたとしても、日本にいる親としては、子どもをアメリカに連れて行ってアメリカで子どもと同居し、アメリカ在住の親とは別居しても構わないことになります(もっとも、実際には、アメリカ在住の親が連れ去りを誘拐罪であるとしてアメリカで刑事事件にしている場合や、日本にいる親がアメリカで生活できる資金がない場合にはそうもいかない、という問題があります)。
これはどういうことか、と言いますと、ハーグ条約というのは、夫婦のうち、どちらがお子さんの監護権者として適切か、であるとか、夫婦が離婚する場合にどちらが親権者となるのか、又は共同親権であるとしてどのようにお子さんに対する親権を行使するかといった問題については、「常居所地国」で決定すべきであり、連れ去られた先の国で決定すべきではない、という考えによるものだからです。
そのため、お子さんを「常居所地国」に返還した後は、その常居所地国において、監護権や離婚の問題を解決していくことになります(しかし、例えば、日本の方にとって、外国の裁判所で、外国の弁護士に依頼して、そうした問題を解決していくことは、非常に困難な場合もあります)。
なお、このハーグ条約実施法に基づく子の返還申立の手続自体が、定められてまだ時間がそれほど経っておらず、次々と新しい裁判例が出ているところですので、この手続きをお考えの方又はこの手続きの申立てを受けられた方は、専門家である弁護士にご相談されることをお勧め致します。
第2 ハーグ条約実施法における「子の返還申立て」について
1.子の返還の申立てについて
ハーグ条約実施法26条は、「日本国への連れ去り又は日本国における留置により子についての監護の権利を侵害された者は、子を監護している者に対し、この法律の定めるところにより、常居所地国に子を返還することを命ずるよう家庭裁判所に申し立てることができる。」と定めています(ここでいう「家庭裁判所」は、子の住所地等により、日本の東京家庭裁判所又は大阪家庭裁判所とされています:ハーグ条約実施法32条)。
そして、ハーグ条約及びハーグ条約実施法は、子の返還を原則としているため、実施法27条は、
「裁判所は、子の返還の申立てが次の各号に掲げる事由のいずれにも該当すると認めるときは、子の返還を命じなければならない。
一 子が16歳に達していないこと。
二 子が日本国内に所在していること。
三 常居所地国の法令によれば、当該連れ去り又は留置が申立人の有する子についての監護の権利を侵害するものであること。
四 当該連れ去りの時又は当該留置の開始の時に、常居所地国が条約締約国であったこと。」
と定めています。
そして、子の返還が原則であるため、ハーグ条約締結国間の子の移動であれば、申立人において、この4つの事由は比較的簡単に証明ができることになっています。
まず、事由①のお子さんが16歳未満であることは、当然ですが、パスポートなどで簡単に証明できます。
次に、事由②のお子さんの所在ですが、多くの場合は日本の相手方の実家にいるケースが多いでしょうし、仮に申立人においてお子さんの日本での正確な住所が分からない場合には、外務省がお子さんの所在を調査して、裁判所に報告することになっています(なお、先に外務省に返還援助申請を行った方がスムーズに進むと考えられており、そもそも、裁判所は、子の返還申立ての前に外務省の返還援助申請が行われることを前提としています。また、外務省の調査でお子様の所在が判明した場合でも、原則として所在は申立人には開示されません)。
ご参考:外務省ウェブサイト
000450729.pdf (mofa.go.jp)
そして、事由④の締結国については、例えば、参考情報として、締結国一覧について、外務省ウェブサイトの以下のページに記載があります。
100012143.pdf (mofa.go.jp)
また、事由③の外国の法令については、こちらもあくまでも参考情報(正確性の担保はありませんが、親権や監護権に関する常居所地国の法令については、外務省ウェブサイトの以下のページの「親権・監護権に関する各締結国の法令について」に記載があります(あくまでも参考情報とされています)。
ハーグ条約関連資料|外務省 (mofa.go.jp)
なお、ハーグ条約及びハーグ条約実施法は、日本人同士(日本国籍保有者同士)の夫婦の間でも適用されます。そのため、たとえば、日本企業からハーグ条約締結国である外国に派遣された日本人夫婦の事件にも適用されることになります(この場合、後述の「常居所地国」の解釈が大きな争点となる可能性があります)。
2.子の返還拒否事由について
しかし、ハーグ条約実施法に基づく子の返還申立てについては、ハーグ条約実施法28条により、以下の返還拒否事由が定められております。
ハーグ条約実施法28条1項
「裁判所は、前条の規定にかかわらず、次の各号に掲げる事由のいずれかがあると認めるときは、子の返還を命じてはならない。ただし、第一号から第三号まで又は第五号に掲げる事由がある場合であっても、一切の事情を考慮して常居所地国に子を返還することが子の利益に資すると認めるときは、子の返還を命ずることができる。
一 子の返還の申立てが当該連れ去りの時又は当該留置の開始の時から一年を経過した後にされたものであり、かつ、子が新たな環境に適応していること。
二 申立人が当該連れ去りの時又は当該留置の開始の時に子に対して現実に監護の権利を行使していなかったこと(当該連れ去り又は留置がなければ申立人が子に対して現実に監護の権利を行使していたと認められる場合を除く。)。
三 申立人が当該連れ去りの前若しくは当該留置の開始の前にこれに同意し、又は当該連れ去りの後若しくは当該留置の開始の後にこれを承諾したこと。
四 常居所地国に子を返還することによって、子の心身に害悪を及ぼすことその他子を耐え難い状況に置くこととなる重大な危険があること。
五 子の年齢及び発達の程度に照らして子の意見を考慮することが適当である場合において、子が常居所地国に返還されることを拒んでいること。
六 常居所地国に子を返還することが日本国における人権及び基本的自由の保護に関する基本原則により認められないものであること。」
上記の返還拒否事由のうち、よく問題となるのが第四号、すなわち、「常居所地国に子を返還することによって、子の心身に害悪を及ぼすことその他子を耐え難い状況に置くこととなる重大な危険があること」という要件であるため、ハーグ条約実施法28条2項は、その解釈について、さらに以下の定めを置いています。
ハーグ条約実施法28条2項
「裁判所は、前項第四号に掲げる事由の有無を判断するに当たっては、次に掲げる事情その他の一切の事情を考慮するものとする。
一 常居所地国において子が申立人から身体に対する暴力その他の心身に有害な影響を及ぼす言動(次号において「暴力等」という。)を受けるおそれの有無
二 相手方及び子が常居所地国に入国した場合に相手方が申立人から子に心理的外傷を与えることとなる暴力等を受けるおそれの有無
三 申立人又は相手方が常居所地国において子を監護することが困難な事情の有無」
ハーグ条約実施法にこのような定めがありますので、返還拒否事由を主張していくためには、とくに、ハーグ条約実施法28条2項が定める事由を証明する証拠を集めていく必要があります。そして、どのような証拠が必要となるのかについても、弁護士に相談されることをお勧め致します。
なお、過去の裁判例を見てみると、日本の高等裁判所が子の返還申立てを却下する場合には、その外国が子の「常居所地国」ではないという判断をしていることが多いようです。
ここで、改めて、「常居所地国」についてご説明致します。
ハーグ条約実施法は、「常居所地国」とは、「連れ去りの時又は留置の開始の直前に子が常居所を有していた国」(※但し、同条約の締約国又は地域)と定義しています。
そして、「常居所」(habitual residence)とは、人が常時居住する場所で、単なる居所と異なり、相当長期間にわたって居住する場所をいうものと解釈されております。そして、過去の裁判例からすれば、裁判所は、居住期間、居住目的、居住状況、当事者(親)の意向、子の使用言語や通学、通園のほか地域活動への参加等による地域社会との繋がり、子が滞在地の社会的環境に適応順化していたか、当事者共通の子の監護方針、自宅、住民票、仕事の状況、子の通学状況等様々な要素を総合して、「常居所」を認定しています。
さらに、ハーグ条約実施法117条は、「終局決定の変更」という制度を定めています。
すなわち、以下のとおり、ハーグ条約実施法117条は、子の返還を命じる決定が確定したとしても、事情の変更によってその決定を変更できる場合があることを定めております。そして、この場合には、ハーグ条約実施法118条により、執行停止の裁判を申し立てることもできます。
実施法117条1項
「子の返還を命ずる終局決定をした裁判所(その決定に対して即時抗告があった場合において、抗告裁判所が当該即時抗告を棄却する終局決定(第107条第2項の規定による決定を除く。以下この項において同じ。)をしたときは、当該抗告裁判所)は、子の返還を命ずる終局決定が確定した後に、事情の変更によりその決定を維持することを不当と認めるに至ったときは、当事者の申立てにより、その決定(当該抗告裁判所が当該即時抗告を棄却する終局決定をした場合にあっては、当該終局決定)を変更することができる。ただし、子が常居所地国に返還された後は、この限りでない。」
実施法118条1項
「裁判所は、前条第一項の申立てがあった場合において、同項の規定による変更の理由として主張した事情が法律上理由があるとみえ、かつ、事実上の点につき疎明があったときは、申立てにより、担保を立てさせて、若しくは立てさせないで強制執行の一時の停止を命じ、又は担保を立てさせて既にした執行処分の取消しを命ずることができる。」
第3 子の返還を否定した過去の裁判例
大阪高等裁判所令和3年5月26日決定(判例タイムズ1502号82頁、判例時報2565号50頁、LLI/DB判例秘書登載)
これは、母親(日本国籍)が日本で子を留置した(オーストラリアに戻さなかった)ため、父親(オーストラリア国籍)が子をオーストラリアに返還することを求めた事案です。
裁判所は、「本件条約や実施法の適用に際して子の常居所地国を認定するに当たっては,上記の趣旨に基づいて,主として子の視点から,子の使用言語や通学,通園のほか地域活動への参加等による地域社会との繋がり,滞在期間,親の意思等の諸事情を総合的に判断して,子が滞在地の社会的環境に適応順化していたと認めることができるかを検討するのが相当である。なお,子の常居所地国に関するこうした判断手法は,ヨーロッパ諸国をはじめとする本件条約の締結国の多くで採用されているものであり,米国連邦最高裁も近時の判例において上記の判断手法によるべきである旨を明らかにしている(MONASKY v.TAGLIERL事件についての米国連邦最高裁2020年2月25日判決)。」と述べた上で、子がオーストラリアに滞在した期間、子がオーストラリアにおいて地域社会と繋がりを持ったか否か、親の意思等を考慮して、オーストラリアは子の常居所地国ではないとして、一審の決定を取り消し、子のオーストラリアへの返還申立てを却下しました。
東京高等裁判所令和2年9月3日決定(判例タイムズ1503号25頁、LLI/DB判例秘書登載)
これは、母親(米国籍)が日本で子を留置した(米国に戻さなかった)ため、父親(米国籍)が子を米国に返還することを求めた事案です。
裁判所は、「(子らが)本件留置に先立ち,約1年間,日本国内の居宅で相手方(※母親)と一緒に居住して,在住資格の取得,住民登録,保険加入等を経ていたことや,米国の小学校の在籍登録を抹消の上,日本国内の小学校に通学していたこと等の客観的な事実関係に鑑みれば,国籍が米国であることや日本語能力を有しないこと等を踏まえても,本件留置の直前の時点において,本件子らは,日本国と密接な結びつきを有し,社会環境及び家庭環境に統合していたということができる。」等と述べて、米国は子の常居所地国ではないとして、子の米国(アメリカ合衆国)への返還申立てを却下した一審の決定を支持しました。
東京高等裁判所令和2年5月15日決定(判例タイムズ1502号99頁、LLI/DB判例秘書登載)
これは母親(日本国籍)が子をフィリピンから日本に連れ去ったとして、父親(日本国籍)が子の返還申立てを行った事案です。
一審の東京家庭裁判所は子のフィリピンへの返還を命じましたが、東京高等裁判所は、当事者及び子のフィリピンでの居住期間、居住目的、居住状況等、さらには、当事者の意向等から、子についてはフィリピンは常居所地国ではないとし、一審の決定を取り消し、子の返還申立てを却下しました。
大阪高等裁判所令和元年10月16日決定(判例タイムズ1486号31頁、判例時報2480号21頁、LLI/DB判例秘書登載)
これは、母親(スリランカ国籍)が日本で子を留置した(スリランカに戻さなかった)ため、父親(スリランカ国籍)が子をスリランカに返還することを求めた事案です。
裁判所は、当事者共通の子の監護方針、自宅・住民票・仕事の状況、子の通学状況・母国語等の事情から、子についてはスリランカは常居所地国ではないとし、子の返還申立てを却下した一審の決定を支持しました。
最高裁判所第1小法廷平成29年12月21日決定(判例タイムズ1449号94頁、判例時報2372号16頁、LLI/DB判例秘書登載)
これは、抗告人、相手方及び両名の子4名(本件子ら)がいずれも米国で同居していたが、相手方が、平成26年7月、抗告人に対して同年8月中に米国に戻る旨の約束をして、本件子らを連れて日本に入国し、その後、米国への帰国について抗告人と相手方の意見が対立するようになり、抗告人が実施法に基づく子の返還申立てをした事案です。
最高裁判所は、以下のように判断して、子の返還申立てを却下した原審裁判所の決定を支持しました。
「抗告人は,本件子らを適切に監護するための経済的基盤を欠いており,その監護養育について親族等から継続的な支援を受けることも見込まれない状況にあったところ,変更前決定の確定後,居住していた自宅を明け渡し,それ以降,本件子らのために安定した住居を確保することができなくなった結果,本件子らが米国に返還された場合の抗告人による監護養育態勢が看過し得ない程度に悪化したという事情の変更が生じたというべきである。そうすると,米国に返還されることを一貫して拒絶している長男及び二男について,実施法28条1項5号の返還拒否事由が認められるにもかかわらず米国に返還することは,もはや子の利益に資するものとは認められないから,同項ただし書の規定により返還を命ずることはできない。また,長女及び三男については,両名のみを米国に返還すると密接な関係にある兄弟姉妹である本件子らを日本と米国とに分離する結果を生ずることなど本件に現れた一切の事情を考慮すれば,米国に返還することによって子を耐え難い状況に置くこととなる重大な危険があるというべきであるから,同項4号の返還拒否事由があると認めるのが相当である。
したがって,変更前決定は,その確定後の事情の変更によってこれを維持することが不当となるに至ったと認めるべきであるから,実施法117条1項の規定によりこれを変更し,本件申立てを却下するのが相当である。」
その他、ハーグ条約及び実施法に基づく事件は、まだ日本では裁判例の数が多くないため、外国の裁判所の判断が参考となることがあります。
第4 子の返還申立事件の「手続」について
次に、ハーグ条約実施法に基づく子の返還申立事件の裁判所での手続について概要をご説明致します(なお、以下は手続の一例であり、東京家庭裁判所か大阪家庭裁判所か、又は裁判官によっては手続が若干変わることがあります)。
子の返還申立事件においては、基本的に6週間以内に、第一審の家庭裁判所が決定を行うことが想定されています。そのため、通常の裁判に比べて手続が非常に早く進み、その分、当事者の準備の負担も大きくなっています。
1.申立人による申立て
(1) 申立人は、子の住所地に応じて、東京家庭裁判所又は大阪家庭裁判所に、子の返還申立てを行うことになります。
「子の返還申立事件」の申立書に記載する「申立ての趣旨」の例は、以下のようになります。
1 相手方は、子●●(●年●月●日生)および子●●(●年●月●日生)をアメリカ合衆国に返還せよ。
2 手続費用は各自の負担とする。
(2) また、申立人は、通常、子の返還申立てとあわせて、「出国禁止命令・旅券提出命令の申立て」も行います。
出国禁止命令とは、子の返還申立事件の審理を行う家庭裁判所が、子の返還の申立てについての終局決定の確定までの間、当事者(通常は相手方です。)に対して、子を日本国外に連れ出すことを禁止する命令です。
また、旅券提出命令とは、子名義の旅券(パスポート)を所持する者に対して、子名義の旅券を外務省(外務大臣)に提出することを命ずるものです。
「出国禁止命令・旅券提出命令の申立て」の申立書に記載する「申立ての趣旨」の例は、以下のようになります。
1 相手方は、子●●(●年●月●日生)(以下「長女」という。)および子●●(●年●月●日生)(以下「長男」という。)に係る子の返還申立てについての終局決定が確定するまでの間、長女及び長男を日本国から出国させてはならない。
2 相手方は、本決定送達の日から5日以内に別紙旅券目録(※)記載の旅券を外務大臣に提出せよ。
3 手続費用は各自の負担とする。
※別紙旅券目録には、可能な限り判明しているパスポートの情報を記載することになります。不明な部分は「不明」と記載します。
(3) 申立人は、原則として、事前に家庭裁判所と申立日(申立書の提出日)を相談し、準備を行った上で申立てを行うことができます。
そして、通常の裁判では考えられないほど早く裁判所が申立書を審査し、かつ、裁判期日の日程を決め、相手方からの答弁書(反論書)の提出期限を定めて相手方を呼び出します。
あり得るスケジュールとしては、例えば、9月1日に申立てが行われたとしたら、1週間後の9月8日ころには裁判所から相手方に呼出状が発送され、答弁書の提出期限がその1週間後の9月15日ころに定められます。
さらに、第1回裁判期日は9月22日ころ、第2回裁判期日は10月上旬ころに定められる、という具合になります。
また、通常の裁判では、被告が初回に提出する答弁書では具体的な反論は記載しなくてもよいことになっているのですが、子の返還申立事件では、わずか1週間程度しか期間がないにもかかわらず、答弁書において具体的な反論を記載し、かつ証拠を提出することが要求されています。
2.第1回裁判期日から調停
(1) 第1回裁判期日では、おおむね以下の事項が行われます。
・申立人が提出した申立書と相手方が提出した答弁書の内容の確認
・裁判所から、当事者に対し、さらに主張立証が必要な事項の指摘
・並行して、調停(話し合い)を行ってもよいかどうかの確認
・当事者双方が調停を行うことに同意した場合には、調停期日の設定
・第2回裁判期日で行う尋問のスケジュール確認
・家庭裁判所調査官の調査を行うかどうかの決定 など
(2) 裁判所は、極力調停による解決を図ろうとするため、第2回裁判期日の前後あわせて、約1ヶ月間に5回以上の調停期日が設けられることがあります。
そして、当事者双方が調停を行うことに同意した場合には、第1回裁判期日と第2回裁判期日の間に複数回の調停が行われます。
調停とは、2名の調停委員を通じて、当事者が話し合いによる解決を図るものです。
当事者は、基本的に、お互いに対面せずに、各自が調停委員とだけ話をすることになります。この手続にも、もちろん弁護士が同行し、法的知識等の支援を行うことができます。
(3) 調停では、調停委員から、各当事者に対し、以下の内容を検討するように指示されることがあります。
なお、繰り返しになりますが、ここでも注意すべきなのは、「返還」とはあくまでも、お子様をもといた国に返還することを言うのであり、申立人の下に返還するということではありません。
【相手方が検討すべき内容(仮に子を返還するとした場合の考えられる条件)】
・いつ返還するか、返還方法をどうするのか
・渡航費用をどうするのか
・返還後の生活等をどうするのか
例:同居するのか、別居するのか
もとの国での生活費等をどうするのか
子の学校や保育所をどうするのか
・刑事告訴をどうするのか
・返還されるまでの間の面会交流、又は返還後の面会交流をどうするのか
・その他
【申立人が検討すべき内容(仮に子を返還しないとした場合の考えられる条件)】
・今後の子の監護、子の生活費(又は婚姻費用)をどうするのか。
・面会交流をどうするのか
・刑事告訴をどうするのか
・その他
(4) 第1回裁判期日から第2回裁判期日までの間に行われる調停では、当事者において、第一審での結論が分からない状態での調停となります。そのため、各当事者は、第一審で不利な結論が出た場合のリスクを踏まえて検討を行うことになります。
なお、後述のとおり、第一審での結論は、通常は、第一審の家庭裁判所による正式な決定書が出される前の、第2回裁判期日で行われる尋問の後に裁判官から口頭で伝えられます。
3.第2回裁判期日
(1) 第2回裁判期日では、当事者の尋問が行われます。
当事者の尋問は、通常以下のように行われます。
申立人:申立人代理人による主尋問 15分~30分程度
相手方代理人による反対尋問15分~30分程度
裁判所の補充尋問 15分程度
相手方:相手方代理人による主尋問 15分~30分程度
申立人代理人による反対尋問15分~30分程度
裁判所の補充尋問 15分程度
(2) 当事者の尋問が行われた直後、第一審の3名の裁判官は直ちに合議を行い、可能な場合にはその日のうちに、後日正式な決定となった場合に出されるであろう結論(お子様のもといた国への返還を認めるか否か)を当事者に口頭で伝えます。
また、第一審の家庭裁判所が正式な決定書を出す日も決められます。
なお、この結論は、その後の発生した事情やその後提出された証拠等によっては変わる可能性もないわけではありません。
(3) この予定された結論を踏まえた上で、以後、正式な決定書が出される日の直前まで、数回の調停が行われることがあります。
4.第2回裁判期日後、正式な決定までの間の調停
上記のとおり、この段階では正式な決定書は出されていないものの、第一審の家庭裁判所が出す結論は予定されているため、それを踏まえた上での調停(話し合い)が数回行われることになります。
5.第一審である家庭裁判所の決定
調停が成立しない場合又は調停の余地がない場合には、第一審である家庭裁判所は、お子様のもといた国への返還を認めるか否かを判断した決定書を出すことになります。
6.不服申立てについて
(1) 第一審である家庭裁判所の決定に不服のある当事者は、決定の告知を受けた2週間以内に、東京家庭裁判所の決定であれば東京高等裁判所に、大阪家庭裁判所の決定であれば大阪高等裁判所に即時抗告を申し立て、第二審である高等裁判所の判断を求めることができます。
これも2週間という非常に短い期間内に、第一審の決定の問題点を指摘し、さらに必要に応じて証拠を提出するという作業が必要になります。
上述のとおり、子の返還申立事件の第二審である即時抗告の審理は、東京高等裁判所又は大阪高等裁判所で行われますが、この審理期間も短く、通常は、概ね1~2ヶ月で審理が終結し、かつ、決定が出されることになります。
(2) 第二審である高等裁判所の決定に不服がある当事者は、第三審として、決定の告知を受けてから5日以内に、最高裁判所に対する特別抗告又は許可抗告を申し立てることができます。
但し、最高裁判所に対する特別抗告の申立ては、高等裁判所の決定に憲法の解釈の誤りがあること、その他憲法の違反があることを理由とする必要があり、非常に限定されています。
また、許可抗告も、決定を行った高等裁判所が、最高裁判所の判例(これがない場合にあっては、大審院又は上告裁判所若しくは抗告裁判所である高等裁判所の判例)と相反する判断がある場合その他の法令の解釈に関する重要な事項を含むと認めた場合のみ認められるものであり、特別抗告と同じく非常に限定されています。
(3) そして、通常は、特別抗告及び許可抗告はいずれも、2ヶ月程度で結論が出されます。
7.その後について
(1) 以上で子の返還申立事件の手続は終了します。
そして、子の返還を命じる決定が確定したにもかかわらず相手方が子を常居所地国に返還しない場合には、申立人は強制執行を申し立てることができます。
(2) なお、子の返還申立事件の決定は、離婚や親権、監護者の指定を行うものではないため、これらを解決するためには、別の手続を行う必要があります。
第5 外部リンク集
外務省ウェブサイト
ハーグ条約(国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約)|外務省 (mofa.go.jp)
ハーグ条約締結国一覧、過去の統計等(外務省ウェブサイトより)
100012143.pdf (mofa.go.jp)
「離婚」でお悩みの方へ
離婚や国際離婚の問題でお悩みの方は下記ページもご覧ください。